2016年4月16日土曜日

新ナショナルキッド(著者:丸尾末広)


<本>
著者:丸尾末広
編集発行人:手塚能理子
発行所:株式会社青林工藝舎

<さらば昭和>

明治、大正、昭和に扮した少年たちが、母の中から40年間も生まれてこない新しい兄弟について話している話。思うに、母は明治から平成元年(死ぬまでずっとか)まで生きている人で、昭和までの時代を嫌い、新しい平成のことを心配しているのではないかと思う。
最後に明治、大正、昭和の仮面が取れて醜い本性が現れるのは、平成が生まれて役目がなくなったことを指しているのだろう。歴史は軽んじられ、過去の時代にあった苦労を忘れさせ、暢気に過ごすであろう平成のことを、明治、大正、昭和の三人は嘲笑っている。
余談だが、扉絵で明治、大正、昭和に扮した少年たちの決めポーズで笑わされてしまった。明治は剣、昭和はバッドを構えているのに、なんで大正だけ横笛を吹いているのだろうか。

<電気蟻>
塚本晋也の鉄男に似たテンションで、社会的弱者の鬱屈した毎日と、救いのテレビやカセットテープ音楽などの電脳世界を行き来する青年の話。
ネジが回らないことは、社会的弱者で高校、大学に受からずに浪人となった劣等感を表現しているように思う。ラジオカセットを分解し、カセットテープを巻き上げて射精する。倦怠感と共に強い寂寥に陥る。受験に合格できない現実に辟易し、空想の世界に心を置き続ける。間違っているのは自分ではなく世の中なんだと、現実に生きる必要はないと自殺をしようとするが、死ぬ決意ができずに機械と合わさり、生きているのか死んでいるのかわからない、ゾンビに似た自分が生まれた。結局、死ぬことはできず不器用に、この世界で生きていくしかないのだろう。

<死よバンザイ>
ロック魂。遠藤ミチロウ聴いてみようかな。

<農林1号>
農林1号は、農作物の登録品種に付された登録番号らしい。農林1号と言われて旦那がピコーンと音を立てて勃起するのには不意打ちを食らわされたような気分になった。膣の中に頭を入れられ、首の骨を折られてしまった。ちなみにスカルファックって言うらしいが、都市伝説のような存在だそうだ。農林一号(旦那)はサツマイモを収穫する役割を果たすことはできたが、収穫される機能は存在しなかったということか。けど、奥さんは「死んだの? けど、大丈夫。またイモは生えてくるんだから」と言って新しい男を連れてくる予感がする。

<へび少年>
楳図かずおのへび少女のパロディかと思ったがどうなんだろう。だから主人公の名前は一夫なのかなと。主人公の顔が強調されていることから、何かしらの元ネタがあることはわかるのだが、生まれた年代が違うので皆目検討つかず。スプラッターに終了。歌謡曲から話のインスピレーションを得たのか?

<蛇苺>
山口百恵似の女子高生がさりげない悪さをする話。他の方が言ったようにこの女子高生は非常に邪悪で、なんでこんなことをするのか、一切理由が書かれておらず、より不気味に思わせる。可愛いは(何をしでかしても)正義という皮肉なのだろうか。

<高校三年生>
元ネタは歌らしい。少年マンガの絵に変わり、「ペニスが二本あって何が悪い!!」「不能の男にくらべればずっといいじゃないか!!」「だって……」「だって…」「ペニスが二本あれば――」と駆け抜けていくようにアップされたコマはシュールの極致と言いたくなるくらい、よくできた演出。自分の双子の息子を少年の勇気みたいに例えるなんて誰が考えられるんだと個人的に思う。果たしてペニスが二つあることは欠点なのか、そうではないのか。何か不思議なことを考えさせてくれる話だ。

<少年画報>

少年画報を言葉通りに漫画にするとどうなるかと言った試みなのか? 集めたメンコを月光仮面に扮した子供が強奪し、学校では仲間外れにされ、大人の性交渉や、人間の腸が丸見えになる残酷映画、都合の良い夢を見たり、とってもまずい脱脂粉乳を飲まされたりと、ろくでもない思い出しかないことを少年画報を皮肉って書いたものだろう。あるいは報という字が、報いという意味なのかもしれない。こんな少年時代なら世の中に絶望してもおかしくない。

<長崎県南高来群西有家町慈恩寺>

丸尾末広が少年時代、人魂を見たよって可愛い話。最後の蛇がシュール。時計は人魂を見た正確な時刻を指しているのだと思う。これを漫画にして載せたってことが評価されるべきところだと思う。

<BAD>

整形したマイケル・ジャクソンを皮肉って書いた話か? それじゃ、お前BADじゃねえよって感じか。

<とっても怖い>
よくわからない。最後のページの雲に目があるところから、この少年は本当にいなくて、心の中の存在かと思ったけど、どうなんだろう。

<眠り男>

デジャブのような話。一度自分の死に際を見せてくれるため、ある意味良心的に思える。
「薔薇の薔薇は薔薇で薔薇は薔薇であり薔薇の薔薇は」という台詞はバラバラ(断片)の言葉遊びなのだと思った。カリガリ博士復活の眠り男、少女椿のみどりと他作品のキャラクターが登場し、自身の作品をコラージュした形になっている。また、最後のページで人殺しが、「変態」「人殺し」「デブ」「オジン」「死ネ」「ブタ」「ロリコン」「クズ」「アホ」「スケベ」「ホーケイ」「タンショウ」「トーヘンボク」と人々から罵倒されているのは、丸尾末広の深層心理に存在している思想の根源たちで、それは一般人から見て非難されるものだとして描いていると感じた。まさにエログロナンセンスに思える。

<SOJIN>
不明。祖神か? 神として祭る祖先。祖先である神。特に、皇室の祖先である天照大神のことを指しているのか。

<金の手帳 著:古賀次郎>
子供の死にざまをまとめた本。実験的な作品である。最後の落ちはなんとなくつけたような感じに思う。

<ジョイ・ディヴィジョン>
性欲は人種差別の根元。これもなんとなく落ちを付けたような……。ジョイ・ディヴィジョンはイギリスのロックバンドか? ボーカリストのイアン・カーティスの書く内省的な歌詞や特徴的なライブパフォーマンスは多くの人を惹きつけた。ところが、初のアメリカ・ツアーへの出発前日の1980年5月18日にカーティスが自殺。突然の悲劇によりバンドは解散を余儀なくされた。活動期間も短く商業的な成功を収めることはなかったが、1980年代末以降のオルタナティヴ・ロックに多大な影響を及ぼした。

<贋作・電気蟻>
人間と電気蟻が差別されている世界の話。電気蟻にとってゴミは素晴らしい存在なはずなのに、人間世界に長くいたせいか愛しいマリアをゴミ呼ばわりしてしまった。人間と電気蟻の二極の狭間で揺れ動き、人間の世界で適応できなくなったデイヴィッドはゴミと共に死んでいくのだろう。

<日本人の惑星>
「日本海軍機動部隊の攻撃は見事なものであった。米軍はなすすべもない」「戦争を知らない諸君。断じてだまされてはいけない。日本は断じて敗戦国ではない。日本は今も世界最強の国家である」といった台詞から反戦争の話だと感じさせた。なんというか考えさせられる作品だ。ナチスにアウシュビッツ強制収容所があったように、アメリカにも何かそうしたものがあり、隠されてきたように思えてしまう。結局、戦争が絶対悪ということなのだろう。

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