2016年4月16日土曜日

犬憑きさん 下巻 Part1(著者:唐辺葉介、イラスト:Tiv)


<小説>
犬憑きさん 下巻
発行日:2009年6月12日 初版刊行
著者:唐辺葉介
イラスト:Tiv
装丁・デザイン:山口拓三(GAROWA GRAPHICO)
担当編集:寺内智之
発行人:田口浩司
発行所:株式会社スクウェア・エニックス

<ヤマヒコについて>
呪術的な家系にあったヤマヒコだったが、彼自身で難しい言葉を使うわりには、考えは単純だったように思う。

昔の子孫に思いを馳せ、今の生活に苦渋を噛みしめている母を見て悲しいと思っていた。
守ってあげたいと思うが、幼い彼にはその力がなかった。
水商売をしている母が、無力に他人の男に抱かれていく姿を見る。
ヤマヒコは奇妙な感覚にとらわれたのだろう。
母は男にいいように扱われて、泣いている。
呪術の力を持ちながら、それを使って自分勝手に生きようとしない。
男を呪い殺し、人蠱にしてもいいのにそうしない。
また男に抱かれて泣くことを繰り返す。
母は必死だったのだろう。
考えることができるほどの余裕はなくて、生きるためにお金を稼ぐことで精一杯だった。だけど、その時々に自分を振り返って惨めな人生だと泣いている。けど、それを改善する行動は取ることなく、愚痴を吐くように嘆くだけだった。
ここに女と男の違いがあるように思う。
女が相談したい、悩み事がある時は、聞いて欲しいだけで、具体的な解決策を求めているわけではない。
男が相談したい、悩み事がある時は、解決策を一緒に考えて行動し結果を残すことにある。
ヤマヒコにとって、母のしていることは、世の中に不平不満を言っているのに、それを取り除くための具体的に行動していないように映る。愚痴を吐けば事態が好転するわけではないのに馬鹿だなと何年もの間思っていたのだろう。
ついに彼は母の頭の悪い姿を見るのに我慢できず、殺害してしまう。

といってもヤマヒコには他の選択はあったように思う。
母を殺さずに、他の人物を人蠱にする道がある。
だけど、最初に母を殺した。
結局、殺人鬼ヤマヒコは母に縛られていたのだろう。
母という存在がヤマヒコの息子という立場を意識させ、思うように行動をとることができなかった。
自立するためには家から出ていけばいいのに、惨めな母親を忘れることができず、自分に示しを付けるために母を殺した。
ヤマヒコなりの母離れが、殺人の決め手になったのかもしれない。
母を殺して、自立したヤマヒコは自分たちを見下していた社会に復讐することを決めた。
人蠱を使って殺人を繰り返していき、見返そうとするが、社会はあっという間に降伏してしまう。
ヤマヒコは酷く落胆する。
母が苦しめられたものが、こうもあっさりとねじ伏せることができてしまった。
こんな易々としたものに、母が苦しめられていたと思うと、馬鹿らしくなってしまう。
あの頃の惨めな生活に、最悪という価値すらないように思えてしまう。
以後は興味を失い、殺人の頻度が少なくなっていく。
その中での彼は、自分をより楽しませる相手を求めていた。
自分のねじ伏せた社会とは表向きの部分だけで、奥にあるものが変化拡大し自分に再び牙を剥くことを楽しみにしていた。
ヤマヒコとは違った能力を持つ、御門智徳が現れ、小さな力で自分に立ち向かおうとするのは嬉しかった。
社会はヤマヒコを認めているわけではない、社会はヤマヒコの思う通りに行くものではないのだと言っているようで、社会を完全に見返してはいないとやる気が出てくる。
しかし、御門智徳はあっさりと死んでしまう。
やっぱり社会には価値がなく、母と一緒にいた頃にも価値がなく、ヤマヒコ個人がこの世界で生きているのも価値がないのだと思うと、虚無感に包まれる。
こんな世界に、生きている意味があるのだろうかと考え始めてしまう。
御門を殺したことを機に引退を決意する。

ヤマヒコは何を求めて殺人をしていたのだろうか。
社会に勝利した彼はすべての出来事が馬鹿らしく思えてしまった。
何をしようが自分の思い通りに進んでいくため、つまらない。
彼はその中で楽しさとは何かを考える。
それは彼自身が楽しいと思うことではなく、多くの人が当たり前に楽しいことだと決めつけた。
家族と一緒に過ごすことが幸せだと考え、祖母との同居を申し出る行動に出る。
彼はありきたりな日常を求めた。
といっても、その日常は長続きしないように思う。
たしかヒノエが言っていたように思うが、記憶違いだったら済まない。
ヤマヒコは近いうちに死ぬことになったと思う。
彼は自分の生きているこの世界を愛することができず、自分を愛することもできなくなった。
それで生きる意味などのないと悟り死を選ぶだろう。
純粋に死にたいのもそうだが、彼の周りには死ばかりが取り囲っていたのも、その思考を大きくさせると思う。

ヤマヒコは霊となった母の声が聞こえると、取り乱し始めた。
殺した母が何で取り乱すほど、心を揺り動かしたのだろうか。
縁を切った相手が再び現れるのは恐ろしいが、あの冷酷なヤマヒコの精神では恐ろしいと感じないだろう。
ヤマヒコが恐ろしいと思ったのは、母親と過ごしていた日が、自分の生きてきた中で一番楽しい時間だったと思っていたことにあるだろう。
それに区切りをつけて前を進んでいたのに、再び過去がやってきて彼を苦しめたのだろう。
ヤマヒコは母親を殺して、様々な人を殺して、社会に勝利しても、子供のままだったのだろう。
本当は母親を守り楽しい人生にしたかったのに、それが上手くいくために方法がわからず母を殺害してしまった。
それは当たり前の物が欲しかったのに、怒ってとんでもないことをしてしまったようだ。
けど、誰も彼を怒る人はいなくて、彼はそのままの状態でいることになった。
とんでもないことは自分の中で肯定され、当たり前の物は心の奥に封印された。
自分の中に欲しいものがあることはわかっているのに、まるで見当違いにほかの物で代用しようと必死になっている。
その繰り返しで、捜し物が見つからず、虚無感のみが満たしている。

となると、ヤマヒコは母と同じだったのだと思う。
彼が母を嫌うことは、彼が彼自身を嫌っていたことと同じなのかもしれない。
結局どうなれば、彼は幸せになれたのだろうか。

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